今気づいたのですが、
前回の記事でこのブログの100回目の記事でした。
記念すべき100回目が3行となってしまった・・・。
まぁそれはいいとして、最初は2006年の3月から始まり、1年6ヶ月が経ったということか。
若干ながら見てくれてる人もいるのでこうして書いていけるわけですが、
この前テレビで、在日の外国人またその子供のドキュメントをやっていました。
とても複雑な事情ばかりで悲しい衝撃を受けたわけです。
特に記憶に残ってるのが、ポルトガル人の在日だったかな?
子供は小学3年生くらいの男の子と1歳くらいの女の子。
子供達を主に撮影した番組だったので、この男の子の現状が見れました。
両親が日本に来たのはその子が幼稚園くらいのとき、
そのときは母国語を話していたそうですが、日本での生活に慣れるにつれ、日本語を話せるになったそうです。
しかし重大なところは母国語を忘れてしまったということ。
そして日本語を覚えるのも遅く、同年代の子供達よりは話力が劣るということです。
ここで、日本語はそのうち覚えるだろう、日本にいるから問題ない。というわけにはいかないのです。
まず母国語を忘れてしまったということは、両親とのコミュニケーションがうまくとれないということです。
両親は日本語を日常会話として話すほど話せません。
それに対し、この子は日本語しか話せないのですから、話したいことや思っていることが伝えられず、それはストレスとなります。これから思春期を迎える子供にとって親とコミュニケーションがとれないことは大きな問題としてのしかかってきます。
そして、日本語を覚えるのが遅いということは、
人の思考するとき必ず言語を用います。その時の言語は小さい時に覚えた言語とされ、思考するときのメインになります。
この子の場合、小さい時に定着するはずの言語は忘れられ、新しく日本語を覚えていったなので、思考するときの言語がうまく使えないのです。
人の精神を成長させる思考がうまくできないということが環境だけでなく本人自身のこれからに関わる問題です。
とても悲しい事実でした。
俺自身これを知ったから何ができるとうわけではないですが、こういう人たちもいるんだという衝撃的な話でした。
在日の方たちに対してビザがもらえなかったりと、日本はもっと親切な対応をしてあげればいいのに。
言語というえば、言語的相対論というのがあるそうです。
用いる言語によって思考や性格などが相対的に違ったりするそうです。
じゃあ日本語と英語を話せる人はどっち?って思ったけど、これもやっぱりどっちかの言語を思考するときに用いてるわけだからそっちに依存するのかなと思いました。
でもアメリカンスクールとかに子供を通わせると、さっきの子みたいに定着がどちらの言語かうまくいかず、思考においての妨げになる場合もあるそうです。
なんだか難しいですね。
まぁ俺は日本語が好きです。
なんだかまとまらない終わり方だけど、これからもよろしくお願いします。
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